鬼火電磁波痛み分け

Oの数は多い方が良いとされる

【DM二次小説】ザ・ネバーエンディング・ヒーロー【#超獣妄想烈伝】

 

これ。

 

元はこれ。

 

 

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 ――閉じられた両の眼が静かに開いた。

「いかがなされましたか、紫電殿。」

 戦国武闘会初戦、その前夜。新たなる魔道具の調整と、日課の鍛錬を終えたボルバルザーク・紫電・ドラゴンは、明日の戦陣に備え、精神統一を怠らなかった。しかしそれ故だろうか、僅かに流れ出でた黒い意志は、彼の深い瞑想を妨げるのに十分すぎるほどであった。一度瞑想に入った紫電がこれほどの短時間で目を開けることは、考えられないことであった。

「紫郎よ、お主は今、何か感じたか。」

 紫郎と呼ばれた火の鳥、ボルット・紫郎・バルットには、自分の主が何を言っているのかわからなかった。それもそのはずだろう。紫電が感じ取ったそれは本来ならば届くはずのない、あまりにも小さな兆候だった。

「いえ、私には何も……」

「ふむ、気の迷いだったか。」

 事実、それは紫電本人にすら確証の持てないものであった。そして自らの臣下を誰よりも信頼する紫電にとって、紫郎が何もなかったと言えば、それは確かに何もなかったことになる。だが自分の瞑想がほんのわずかな気の迷いで妨げられるとも、また信じがたいものであった。紫郎の言うことを信じるか、自らの直感を信じるか。一瞬の迷いの後、彼は臣下であり友である者の言葉を信じ、再び瞑想に戻ろうと目を閉じた。

 しかしそれは背後からの声によって再び妨げられる。今度は曖昧な感覚などではなく、はっきりとしたものだったが、それ以上に信じられぬ者の声であった。

「ほう、お前も感じたのか、紫電……。なるほど、どうやらその鎧の力は本物であるらしいな。」

「師匠!」

 

 ボルメテウス・武者・ドラゴン。かつて龍聖霊と手を組み、復活せし暗黒の王を退けた、伝説の英雄。長い年月が経ち一線を退いた今は、「サムライ」という自らの意志を継ぎし者たちの育成へと力を入れていた。悪く言えば老兵、しかし未だその計り知れない影響力は健在であった。今いるサムライの中で間違いなく頂点に立ち、武者から直々に修業を受けた紫電に取っても、それは同様であった。師匠である武者本人が姿を見せることがどれほど異例なことであるか、彼はすぐに察した。

「お前が今身に着けているその新たな鎧、確かムシャ・レジェンドと言ったな。いくら我が力を最も引継ぎし鎧とはいえ、流石にその名前はどうかと思っていたが、なるほど、どうやらその名に偽りは無いらしい。」

「師匠、それは一体どういう――」

「わからぬのも無理はない。このどす黒い感覚は、あの暗黒凰のものに他ならぬのだ。」

「暗黒、凰。」

 紫電でさえも絶句せざるを得ない名前だった。この平和な世が訪れるより遥か前に存在した惨劇。その元凶である存在は、忌むべき名前、忌むべき存在として誰しもが語り継ぎ、そして語り継がれていた。しかしそれはあくまで過去の話。今、目の前にいる者の口から発せられるとは到底考え難かった。

「うむ。我、いや、我らと彼奴はいわば運命の呼んだ宿敵。それであれば、距離も空間も超え我らがそれを感じ取るのも、在り得る話だ。お前はその鎧を着たまま瞑想していたのであろう、故にお前にのみ感じられたのだ。それすなわち、お前もまた我であることの証左である。」

 並のサムライであれば、そんな話を聞いてしまえば、誰しもが一瞬凄み上がることだろう。いくらかつて在った事実とはいえ、もはや御伽噺と化していた悪しき存在が実際に存在し、ましてや復活したなど、耳を塞ぎたくなる悪夢だ。現にその話を同じく聞いていた紫郎は完全に縮こまり、その小さな体をブルブルと震わせていた。武者という偉大な存在を前にして在り得ない失態である。本能で忌避していたのだ。

 だが紫電は違った。その身体は紫郎と同じく震えていたが、それは明らかに武者震いであった。皆が恐れる最悪の存在、それは彼にとって最高のまだ見ぬ強者に過ぎなかった。それだけではない。憧れの英雄の力そのものを身に纏っていることが実際に証明されてしまった今、その衝動を抑えることは不可能であったと言えよう。

「師匠!そやつめの討伐、是非私めに!」

紫電はたまらず願い出た。しかし武者は、静かに首を振りこう答えた。

紫電よ、お前ならそう言うと思っていた……我が直々に鍛え上げただけはある、自慢の弟子だ。だが、だからこそなのだよ、紫電。我が望むのはお前の優勝ただ一つ。こんなことでお前の刀の錆が一つ増えることは耐えられない。ここはどうか……我に行かせてはくれまいか。」

 そう言うが否や、武者は深々と首を垂れた。すべてのサムライの根源たる龍にはあまりにも不釣り合いな行為。流石の紫電もこれには狼狽えてしまった。絶対に適わない師が頭を下げるなどあってはならないことだった。慌てて首を上げるよう請願する。

「あ、頭を上げてくだされ!いったい何故そのような!」

 武者はゆっくりと顔を上げ、紫電に語り掛けた。

紫電、お前が戦いたい気持ちはとてもよくわかる。我はそれを尊重したい。お前のその志を折るなど、本当はしたくなかった。だが……頼む、彼奴だけは我らが直々にケジメをつけなければならぬのだ。今の我にもう超聖竜となる奇跡の力は残っていないこともわかっている。しかし、だからこそ、だからこそなのだよ、紫電。この平和な世を我の失態と力不足で無碍にするなど…………絶対に在ッてはならぬのだッ!」

 その言葉の最後は、もはや咆哮であった。そのときにはもう、歴戦の猛者である武者の身体は完全に”目覚めて”いた。その瞳は宝石のように爛爛と輝き、その爪はあらゆるものを引き裂かんと煌めき、その剣は触れるだけで灰塵と化すべく燃え盛る。紫電はその姿に完全に心を奪われていた。

「(嗚呼、これだ、この姿だ。忘れるはずもない、”俺”にとっての――《永遠の英雄》!)」

 紫電は今、一介の少年だった。御伽噺にしか登場しない英雄を夢に見るひとりの少年の瞳。いつの間にか閉じられていたそのキラキラと輝く瞳が自分の目に宿っていることなど、自覚できるはずもない。しかし武者は気づいていた。それが紫電の無言の肯定であることに。それが紫電に足りなかった最後の物であることに。

「(なるほど、そうか……ハハ。もう我が心配することは何もないのだな。戦うことを純粋に楽しむことができる彼らに、我が教えるべきことはもう何もない。これで何の後腐れも無く――最期の地へ挑めるというものだ。」」

 武者本人も気づかぬうちに足元に一滴の涙が零れたが、それを知る者は誰もいなかった。未だ心ここにあらずといった紫電の前に出ると、背中越しに叫んだ。

「無双竜機と紫電の名を冠する我が最愛の弟子よ!これが我からの最後の指令だ!かの武闘会……必ず、必ず勝て!よいな!」

 その言葉と爆風で紫電が我に帰ったときには、もうすでに遅かった。高速で飛び立った武者の背中は、満天の星空に紛れてもう見えなくなっていた。

「し、師匠!?師匠っ!」

 思わずうなだれ膝を突いた。本当は行かないでくださいと叫びたかった。もう二度と帰ってこないような、そんな気がしたのだ。だが、それが決して言えぬこともわかっていた。憧れの英雄、最愛の英雄。それを引き止めることなど、できるはずもなかった。

 

紫電殿……」

 思わず漏れ出た紫郎の呼びかけで、紫電は首を上げた。それはもう一人の戦士の顔であった。紫電は静かに呟いた。

「紫郎よ、私は今おそらく怒っている。暗黒凰さえいなければ、師が再び戦場に立つこともなかっただろう。常に私の傍にいらっしゃったであろう。すべては暗黒凰とやらさえいなければ、こんなことにはならなかった。そうは思わないか?」

「ええ、仰る通りです。」

「そうであろう。だがな、同時に、可笑しなことに、師があれほどまでに怒り立つ相手と、戦うことを夢見ている愚かな自分もいるのだ。紫郎よ、これは罪であろうか?」

 紫電の頬に一筋の涙が流れた。紫郎はそれを静かに嘴で掬い取る。悲しみと興奮がない交ぜるお互いにとって、今はそれだけで十分であった。

 

 戦国の夜明けまで、あと数刻。